2007年09月21日

オニゴッコ

 好きです、なんて単純な言葉じゃ素直に受け取ってもらえないのはわかってる。
 でもあれこれ言い回しを変えたって現実は変わらないし、ややこしい言い方じゃもっと伝わらない。
 だから結局、ここに戻ってくる。
「好きです!」
 準備室に引っ込んでいる隙を逃さずに、ほとんどケンカ売る勢いで宣言すれば、またかと言いたげな呆れ顔。これを見るのも3度目だ。
「あのな」
「本気です! 何回も言ってんじゃないですか!」
「いや、だから」
「ごまかし無用ですから!」
 逃げなんか許さないって姿勢で、がっちり足に力入れて仁王立ちして目の前をふさぐ。
 灰色の、古いキャスター付きの椅子に座ったままの先生は、当然わたしよりも目線が低くてわたしの顔を見るとちょうど上目遣いになる。しまった、ってちょっと思った。この目は弱い。
「おまえねえ……」
 ふうっと息を吐き出しながら椅子に沈み込む。……呆れ顔はいいけど、ため息はだめだ。少し傷つく。
 ぐっと黙ったわたしに先生は、大学は、と訊いた。
「志望校、決まってんだろ。どこ」
「……Y女子。の、英文」
「短大?」
「四大」
 素直に答えると、先生はふーんと言って何か考え込んだ。
 なんで告白から一気に進路指導になってんだ。ごまかされたか、とちらりと思った。先生が口を開いた。
「何で受験すんの」
「英語と国語と、あと」
「世界史?」
「違うよ! に、日本史!」
 わたしの答えを聞いて、先生は今度は面白そうにふーんと笑った。あ、やばい、と思う。好きな顔。
「じゃあ、受験終わったらも1回来い」
「……はい?」
「俺が教えた日本史で、ちゃんと合格したらもう1回来い」
 今までと違う反応を返されて、戸惑う。先生の言葉の意味がとれなくて、ぼんやりと反芻する。もう1回?
「ちゃんと目標達成したら、真面目に聞いてやる」
 ようやく意味が呑み込めた。それは、つまり、要するに、今度はごまかしもはぐらかしもなしってことで。
「き……期待していいって、ことですか」
 さすがにそれは楽観的すぎるだろうと自分でも思ったけど、あえて恥をしのんで訊いてみる。すると先生はにやりと笑った。
「さあ?」
 ど真ん中の大好きな表情で、意地の悪い答え。たぶん今わたしは耳まで真っ赤になっている。だめだ、やっぱり好きだと思ったら、まずいことに涙さえ浮かんできた。
「わかりました!」
 涙をやりすごしたくて、わたしは一際大きな声で宣言する。
「首洗って待っててくださいよ!」
 余裕たっぷりな態度の先生をにらみつけて、悔しいからびしっと音がしそうなくらい勢いよく指さした。逃がさないんだからね。そんな気持ちで。
「しっつれいしましたッ!」
 びしゃん、と大きな音をたてて扉を閉めてやる。心臓がばくばくうるさくて、熱を出したみたいに体が熱かった。
 なんだかいいように誘導されたような気もするけど、この際かまわない。合格。合格さえすれば、先生はちゃんと向き合ってくれる。わたしの本気が、今度こそ届くかもしれない。
「……なめんなよ」
 呟いて、足の裏にぐっと力を込めて駆けだした。

*  *  *

 ばたばたと騒がしい足音が扉の向こうから聞こえた。廊下は走んなって言ってんのに。だから子供だっていうんだよ。
 はーっと大きく息をついてがりがり頭を掻く。まったく。
「人の気も知らないで……」
 18なんて面倒な歳だ。制服着てたら手も足も出ない。なんでこんな事態にはまっちまったかなあと、我ながら間抜け加減に呆れる。
 でも、しょうがないんだな。
「早く来いよー」
 聞こえないのを承知で、とっくに去った足音へと呟いた。
 早く。早く。
 走って来い。
posted by ぺこ at 19:06| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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