2006年12月07日

Gymnasium

 ふざけたリズムのノックの後、返事を待たずにドアが開かれる。クリスは聖書から顔を上げ、振り返った。
「消灯時間はとうに過ぎているぞ」
 予想通りの人物が後ろ手にドアを閉めている。クリスは厳しく睨みつけるが、ラルフは気に止めず微塵の遠慮もなく足を踏み入れた。
「こんな時間に上級棟へ何の用だ」
「用がなきゃ来ちゃいけないのか」
 クリスへと足をすすめながら、ラルフは口の端で笑う。クリスはますます眉間に皺を寄せた。
「上級生に対しては口のききかたを気をつけろと、あれほど言っているだろう」
「あんたに対しては例外だ。……なんだ、聖書か」
 机の上の書物を覗き込み、つまらなそうに呟く。着くずした制服の襟元から煙草が香った。またか、とクリスは嘆息する。何度諫めてもラルフは煙草を止めない。健康への影響などラルフには問題でなく、身長を持ち出したところで一級上のクリスよりも頭ひとつ飛び出ている身には効き目がない。しかし部屋に匂いを持ち込まれるのは面倒だった。
「僕の部屋に来る前には煙草を吸うな。その匂いは嫌いだ」
 聖書を閉じ、卓上の読書用の灯りを消した。明日のミサの朗読部分をさらっていただけだった。
「それで、何の用なんだ」
「なんだよ、本当に用がなきゃ来ちゃいけないってのか」
「当たり前だ。消灯後に上級棟の、しかも寮監の部屋だぞ」
 ラルフは呆れてため息をこぼした。それを聞きつけたクリスがあらためて睨みつけている。ただ会いに来たなどと言おうものなら、問答無用で追い出される上にしばらくは口もきいてもらえなくなりそうだ。なんとか必死で適当な理由を探し出す。
「幾何を教えてくれ。明日授業がある」
 これは嘘ではなかった。ただ、幾何は苦手なのでサボろうと思っていただけだ。
「幾何か。確か授業は午後だろう。昼にみてやるからマデリーンのカフェに……なんだ、何をそんなに驚いている」
 ラルフが目を見開いてクリスの顔を凝視している。クリスは居心地が悪くなって言葉を切った。
「いや……よく俺の幾何の授業の時間を知ってたな」
「え?」
「同級生ならまだしも、下級生の時間割なんかよく……」
「あ、いや、それは……」
 クリスは自分の頬が熱を帯びていくのを感じた。確かに下級生の時間割を把握しているなど、あまり普通のことではない。思わずラルフから目をそらしてうつむいた。
 うつむくクリスの耳が、ほのかに赤いのを見て、ラルフは自分の直感が間違っていないことを悟る。学年が異なれば教室棟も寮棟も異なり、約束しなければ偶然に出会うのは難しい。だからこそ無理にでも会おうと躍起になって追いかけているのだが、どうもそれは自分ばかりではないようだ。
 ラルフは抱きしめたい衝動を抑え、クリスの肩に手をかけた。耳元に唇を寄せる。
「マデリーンのカフェ?」
「あ、ああ」
「昼だな?」
「そ、そうだ」
 ふっと小さく笑って、赤い耳に口づける真似をするとクリスから離れた。
「わかった。よろしく頼む」
 じゃあな、とクリスに背を向け、ラルフはドアを開ける。振り返るとクリスはまだ目をそらし続けていた。
「おやすみ、クリス」
 ドアを閉じる直前にそう言い置いた。明日はミサもサボろうと思っていたがクリスが朗読なら出ても良いかもしれない、と考えながら、ラルフは自室へと戻る。
 クリスは、己の失態と耳元に残るラルフの声の余韻で動悸がおさまらず、寝不足でミサに出ることを覚悟した。



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posted by ぺこ at 02:20| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月21日

no-title

 もう会わないという彼の言葉が耳の奥で木霊する。
 彼が臆病なのはわかっていた。それを承知で手をのばしたのだ。
 守らなければならないと考えていた。必ず守ると思った。
 それなのに、彼はいつかくる別れにさえ怯えて、自ら遠ざかろうとしている。
 お願いだから、と心の内から声がする。
 お願いだから手放さないで。悲しませはしないから。
 しかしそれを、言葉にして伝えることはできなかった。約束が、できない。
 抱きしめる体温でさえ彼の怯えを拭い去れないなら、言葉は届かない。もう、為す術はなかった。


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posted by ぺこ at 00:33| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月19日

雨によせて

 ひと晩降り続いた雨水に

 昨夜の夢をささやいて

 塩の結晶をひとつまみ

 あのひとの名前を三度呼んで飲み干せば

 さあ 今度はわたしの番



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posted by ぺこ at 01:39| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月15日

forget me,please

 たった2ヶ月前のことが、もう遠い記憶になって僕の中で結晶化していく。
 この2ヶ月の間に、君は僕を思い出すことがあっただろうか。
 僕のことなど、思い出す必要はないんだ。
 どうか、僕のことを忘れてしまって
 僕にとって君は唯一の存在だけど、君にとってはそうじゃないはずなんだ。
 僕との時間が君に与えるものは何もない。
 この手紙を読んだら破って、僕を忘れて。
 はじめから出会わなかったみたいに。
posted by ぺこ at 23:57| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

no-title

 HRはだいぶ前に終わった。部活組はもう部室に向かい、帰宅組ももういない。教室は閑散としている。
 わたしも本当はいつまでもぼんやり席に座ってる場合なんかじゃない。部活に行かなくちゃならないのに。
 結んであげようか、なんて言うんじゃなかった。

 お昼休みのことだ。
 長い前髪が風で遊ばれて邪魔そうだった。手元の漫画を読む目が、忙しなく瞬きをする。
「前髪邪魔じゃない? 結んであげようか」
 たまたま持ってた髪ゴムが、くっきりしたオレンジ色で可愛かったから、半分はいたずらみたいなものだった。「おい、ちょっとやめろよ」とか、本気じゃない抗議を無視してわざと乱暴に髪をつかんだ。
「うわ。何このサラサラ! 何このキューティクル!」
 見た目より細い髪は柔らかくてするすると指の間からこぼれていく。耳が隠れるくらいの長さしかないけれど、長ければシャンプーのCMができそうなくらいキレイな髪だと思った。
「男子にこの髪ってもったいない……」
「うるせえよ」
 お互い、冗談まじりに悪態をつきながら前髪を結んであげた。意外と気に入ったらしく、帰るまでずっとオレンジのゴムのちょんまげをひょこひょこさせていた。
 でも、わたしの心中は冗談じゃなかった。

 考えてみれば、わたしは陸上部で毎日外を走っているわけだし、帰宅部より紫外線を浴びる量は断然多い。汗やホコリにもまみれてしまうし、傷むのも仕方ない。それでも。
 あの髪の感触の残る手で自分の髪を触ると、ちょっと悲しくなる。
 自分よりも好きな男の子の方が髪がキレイだという事実は、落ち込む。

 時計はあと3分で陸上の練習が始まることを示している。着替えもしなくてはならないし、完全に遅刻だ。いつまでもぼんやりはしていられない。カバンを持ってのっそりと立ち上がる。
 とりあえず、部活が終わったら効きそうなシャンプーを買って帰ろうと、お財布の中身を思い出しながら教室を出た。
posted by ぺこ at 01:26| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月12日

no-title

 夏の物語ばかり読んでいる。

 冬の凍える空気。強く神経を張りつめていなければ、立ってもいられないような冷気だ。吹き付ける雪は、皮膚を氷らせ肉と筋を氷らせ、やがては骨と血流までも氷らせる。
 そうしてすべてが一塊の氷となり、やがて春がきて、ようやく届いた陽射しが指先を暖める。
 氷った身体は陽光に耐えられない。ぴしりとひび割れ、全身に亀裂を刻み、氷の心臓がかん高い音を響かせて砕け散ると、割れた身体はからから崩れてゆくのだ。

 窓から雪を眺めていると、そんな夢想ばかりしてしまう。魅惑的な、氷として消滅する方法に心を奪われて、雪原にとびだしてしまいたくなる。
 だから夏の物語ばかり読んでいる。
 くっきりと濃い蔭をつくる強い陽に射られて、雪が見る間に溶けて空気へ還ってゆく。氷への憧れを灼きつくす光。
 よく暖まった部屋の中、ありったけ着込んで、雪の消えゆく景色を想像しながら夏の物語を読む。

 氷になどならずに君の帰りを待つために。
posted by ぺこ at 16:25| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Communication

 君にしか言えない言葉と
 君にしかわからない言葉と
 君としか笑えない話と
 僕は、そんなものでしかできていないよ。

 冬の午後。
 白い息を空中に放ちながら、君は口を開く。
−−どうしてそんなに……
 君が呑み込んだ科白を、僕は当てられる。
−−誰とも話さないのかって?
 君は少し悲しそうな顔で頷いた。
−−それは僕にもわからないよ。
 僕がそう言うと、君はうつむいて黙る。

 本当は、理由は君だよ。
 そんなことは言えない。
 だから曖昧に濁して、君には何も告げない。
 だって重いだろう? 君しか要らないなんて。
 僕は君の負担になんか、本当はなりたくない。
 本当は、もっと誰とでも話せるように、なりたいんだよ。

−−もう少ししたら…
 僕が沈黙を破ると、君が顔をあげた。
 少し間を置くと、君は眼で先を促す。
−−たぶん、いろんな人と話せるようになるから……
 僕はまたそこで言葉を切って、大きく息を吐きだした。
−−そんなに心配しないで。
 君はやわらかく微笑んだ。

 もしその時がきたら、君は本当はどう思うかな。
 君としか話せなかった僕が、君の知らない人と笑いあっていたら。
 少し……ほんの少しでも、君は妬ましく思うだろうか。

 そうであればいい。

 最後には、どうしても君しか僕の中にはいない……。
 こんな風にしか人とかかわれない僕を、どうか、許して。
posted by ぺこ at 15:57| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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